『パラオ語になった日本語』が話題「アチュイネ‥かわいい!」「フレンドリーに接してたってわかる」

みちさんさんのツイート

太平洋に位置し、ミクロネシア地域の島々からなる共和制国家。首都はマルキョク。2006年10月7日に旧首都コロールから遷都した。パラオ南西部に位置するアンガウル州では世界で唯一日本語を公用語として採用していることでも知られる。(日本は事実上日本語が公用語だが、正式な公用語として定められてるのはアンガウル州のみ)

日本との時差はない。

パラオを構成する島は200程度だが、実際に人が住んでいる島は10に満たないとされる。首都マルキョクやロマン・トメトゥチェル国際空港のあるバベルダオブ島と旧首都のあるコロール島とは橋で結ばれている。コロール島とペリリュー島の間にあるロックアイランドは、2012年7月に世界遺産に登録された。

日本とパラオの関係は、江戸時代の1820年(文政3年)に、陸奥国閉伊郡船越浦(現:岩手県山田町船越)の神社丸がパラオに漂着したことから始まる。神社丸は江戸に向かう途中、九十九里浜沖で遭難し、38日後パラオに漂着した。生き残った長吉ら6名はパラオに3年半あまり滞在した後、フィリピンのマニラ、マカオ、浙江省乍浦を経て日本に帰国し、パラオに関する記録を残している。

1914年(大正3年)、第一次世界大戦に連合国として参戦した日本は、パリ講和会議に措いて当時ドイツ領ニューギニアであったパラオ諸島、カロリン諸島、北マリアナ諸島、パラオ諸島の委任統治を認められた後、臨時南洋群島防備隊と軍政庁を設置し、パラオを含む南洋諸島統治を開始した。

1920年(大正9年)、ヴェルサイユ条約によってパラオは国際連盟の委任統治領として認められたため、1922年(大正11年)に日本はパラオのコロールに南洋庁を置き、委任統治領の行政の中心地とした。日本統治下において、パラオは漁業、農業、鉱業の分野で目覚ましい発展を遂げた。パラオは日本統治期間中、ある程度の自給率を達成していた。

パラオは第二次世界大戦中、大日本帝国軍の前線基地として機能し、1944年(昭和19年)にはパラオ諸島南部のペリリュー島とアンガウル島でペリリューの戦いとアンガウルの戦いが行われた。1945年(昭和20年)、南洋諸島の日本統治は第二次世界大戦における日本の降伏とともに終わりを告げた。旧南洋諸島は太平洋諸島信託統治領としてアメリカ合衆国により信託統治されることとなった。

日本は1994年(平成6年)10月1日にパラオのアメリカ合衆国からの独立を承認、同年11月2日にパラオと国交を樹立した。

面積 総計  459km2(198位)
人口 総計 (2017年)21,431人(219位)
参考 日本
面積 総計 377,975.24km2(61位)
人口 総計(2019年)126,310,000人(11位)

パラオ共和国 – wikipedia
日本 – wikipedia
パラオ共和国 – GoogleMAP
日本とパラオの関係 – wikipedia

ツイッターでの反応

ネット上のコメント

疲れ治ーすw

アチュイネかわいい

日本語がこんな形で使われるなんて知りませんでしたし、パラオの一部の地域では公用語に日本語があってびっくりしました(笑)

フレンドリーに接してたのが伝わってくる

戦時中に日本兵を弔ってくれたり
パラオとの関係はもっと大事にするべきだよね

パラオ行ってみたいなぁ(○´v`○)

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう