【イケオジ】吉川晃司さん(54)にネット騒然。「上背、体幹、銀髪・・」女子の観察眼がすごい!

『探偵 由利麟太郎』公式さんのツイート

(きっかわ こうじ、1965年8月18日 – )は、日本のロックミュージシャン、シンガーソングライター、俳優。本名同じ。自身設立の所属事務所、株式会社アクセルミュージックエンターテイメント代表取締役社長。身長182cm(公称)。

広島県安芸郡府中町出身。1984年、シングル「モニカ」で歌手デビュー。「LA VIE EN ROSE」、「KISSに撃たれて眠りたい」、「VENUS 〜迷い子の未来〜」や布袋寅泰とのユニット、COMPLEXでの「BE MY BABY」などのヒット曲で知られる。デビュー当時は映画に多数出演。一時は俳優業からは遠ざかっていたが、2000年の『漂流街』出演以降、しばしば取り組むようになった。

幼少期の吉川は千葉真一と倉田保昭の大ファンで、彼らの活躍に憧れを抱いていた。中学校の時から水球の選手となり、修道高校時代には世界ジュニア水球選手権大会の日本代表、2年連続全日本高校最優秀選手に選ばれ、最年少日本代表としてイタリア・エジプト遠征にも参加した。

同じ水泳部だった酒井麿に誘われ、ロックバンド(EIGHT CITYS FISH BAND / 通称:はまちバンド)に加入、バンド活動も並行して行っていたが、佐野元春のコンサートを見て、カルチャーショックを受け音楽一本に絞る。「音楽の世界でビッグスターになる」とその後のサクセスストーリーを考えた吉川は、「まずはスカウトされること」と考えたが、田舎でスカウトされる筈も無く、シビれを切らして渡辺プロダクションに「広島にスゴい奴がいる、見に来ないと一生悔いを残す」などと自ら手紙を書き送りつけた。なお、なぜナベプロかといえば「沢田研二、アン・ルイスなどが当時所属していたのがナベプロで、ここがいいな」と言い(吉川本人の回想)、他のプロダクションは知らなかった。

渡辺プロの関係者が、高松の松本明子を見に行った帰りに、本当に会いに来てくれて、その後の数度のオーディションを経てナベプロ入り。修道高校からは水球の推薦で慶應義塾大学に特待生として入学できる道が開かれていたため、教師、両親や周囲から猛反対を受けた。父親からは「芸能界ってのは猿まわしだ。お前は東京で猿になるのか」と言われたが、「いつか自分で動いてやる」と決意を固めた。

吉川 晃司 – wikipedia

このツイートへの反応

ネット上のコメント

ほんと、吉川晃司はかっこいいんだよほんとに……

立っているだけでカッコいい

ロングコートを翻す姿はホントに美しい✨❤

吉川晃司さんが演じるイケオジ役に憧れて小5の従兄弟がハットを被るようになったのを思い出しましたw

何やらせても完璧男
吉川晃司。

はぁ。。かっこいい(○´v`○)

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