【さすが大御所】自粛開始でツイッターを始めた井上順さん。自宅からstayhomeを呼びかける投稿が話題

井上順さんのツイート

やっほー井上です✌️みなさん、うちで過ごしてますか。うちの住人を紹介していきます。まずは、みんなを見守るおたべさん。
#stayhome
#井上順

井上順@JunInoue20さんツイッター

いのうえ じゅん、本名同じ、1947年2月21日 – )は、日本のタレント、歌手、俳優、コメディアン。

東京都渋谷区の代々木公園前で馬場を営む家の3人兄弟の末子として生まれ、麻布龍土町で育った。祖父は日本で初めて競走馬を輸入した人物で、父親は馬場専属の獣医師である。

1961年(昭和36年) – 13歳で、峰岸徹、大原麗子、田辺靖雄、ジェリー藤尾らがいた「六本木野獣会」へ加入し、峰岸にはデビュー前から飲食や遊びなどにしばしば誘われ、峰岸が亡くなるまで弟のように可愛がられた。後にジャガーズの前身バンドにも加入した。

1963年(昭和38年) – 成城学園高等学校在学中の16歳で鑑賞したザ・スパイダースのライブに触発され、その場でグループに加入を申し出た。加入後はグループ・サウンズ時代の最年少メンバーとして、ツインボーカルを堺正章と、パーカッションは「サイドタンバリン」などと自らネタにしつつ、コンサートMCは堺と共に、それぞれ担当した。後年にフジテレビの『夜のヒットスタジオ』などで見せる軽妙なトークと気さくな性格はこの時期に研鑽され、現在の芸風の基盤を作り上げた。

1970年(昭和45年) – スパイダースが解散した後に、「井上順之(じゅんじ)」と芸名を改めるが、痔を患ったことから「『じ』は良くない」と1973年に「順」へ戻した。

1971年(昭和46年) -『昨日・今日・明日』でソロ歌手としてデビューした。歌手を本業としながら俳優や司会もこなして「ジャーニー!」「ピース!」など数々の流行語を生み出し、シングルも発売し続けた。『ラブラブショー』の共演をきっかけに、資生堂の人気モデル青木エミと大恋愛の末に結婚するが、1982年(昭和57年)夏に離婚して以後、独身である。
井上順 – wikipedia

このツイートへの反応

ネット上のコメント

順さん🤣本当に最高です😂
笑いと元気をありがとうございます🌸

久しぶりにホンワカした😃

日本人でジェームズボンドできるのは井上順だけ。

毎朝の楽しみが増えました😉

すげーな~ やっぱ、エンターテナーは違うね!

みんなを笑顔にできるってかっこいいなぁ(○´v`○)

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